教員ブログ

肩こりと頭痛

  • 健康福祉学科
  • 2017年8月22日

こんにちは。皆さんは「肩こり」を気にされてますでしょうか?

私は、普段それほど「肩こり」を気にしないのですが、長時間のパソコン作業が続いた後などは「肩こり」に悩まされることがあります。また、「肩こり」は頭痛との関係があり、「肩こり」そのものだけでなく、それに伴う頭痛の方がつらいことが多いです。

「肩こり」は日常生活のQOLや仕事のパフォーマンスを低下させることになります。パソコンなどの作業で「肩こり」を少しでも予防する為には、首や肩に負担が掛かる姿勢を長時間続けない事と、定期的に軽い運動やストレッチをしてみましょう。肩や肩甲骨を回すような運動、首や肩を伸ばすようなストレッチが効果的です。

つい最近、肩こりによる頭痛に悩まされたので、肩こりはなってからの対処だけでなく、肩こりになる前の「予防」に意識を高めたいものです。

(健康福祉学科 太田洋一)

前期を終えて

  • 福祉心理学科
  • 2017年8月18日

前期が終わりました。私の授業の受講生は、沢山の課題に追われてさぞかし大変だったと思います。特にゼミ生(3年生)は、ゼミでも発表課題が何回も出され、授業でもレポート課題が出され、さらには社会福祉士の実習準備などもあり、ハードな半年だったと思います。案外、大学生って暇じゃないんですね…皆さんよく頑張りました!

さて、私のゼミでは心理学研究法に基づいた卒業研究を行います。前期3年生ゼミでは、各々が興味のある心理学論文を検索し、その内容をレジュメにして発表してもらいました。その中で、ゼミ生にとっての大きな壁は、統計的に処理された結果の解釈だったと思います。実は、心理学論文の多くは実験や調査で得られたデータに対して統計的検定を行っていて、ほとんどの学生は数値をみるだけでやる気が下がります(数学の苦手意識があるためでしょうか?)。しかも近年の論文では、授業で教わらない統計記号や分析手法もちらほらと…。それでもゼミ生は、必死に自分で統計の本を読み込み、論文の結果を解釈して発表していました(偉いよね!)。前期が終わる頃、「統計分析をした論文を読むことの抵抗感がなくなった」とため息交じりにゼミ生が言っていて、私はしめしめと内心喜んでいました(笑)。

もちろん、統計は心理学研究をするための材料に過ぎないので、統計知識だけでは論文を正しく読むことはできないし、卒業研究もできません。後期は、ゼミでの議論を深めながら心理学研究に必要な科学的思考力を伸ばして、楽しく卒業研究に取り組んでもらえればと私は願っています。

余談ですが、ゼミは私の研究室で行っています。今年の4月に着任したばかりで、今はすっきりとした環境です(広くてありがたい)。これからどれだけ物が増えるのやら…。

(福祉心理学科 小川翔大)

研究室風景

食べたい!マンゴ-

  • 子ども学科
  • 2017年8月17日

会場に入ると、いきなり「うわっ、美味しそう」と誰もが声をあげそうな、マンゴ-に魅了された。白い網のネットに包まれたマンゴ-。「さあ、どうぞ食べて」と言わんばかりの完熟さだ。それって、フルーツの試食会?いえいえ、「星野富弘 花の詩画展」での1コマ。

新聞の「美術展一覧」でみつけて、「星野富弘 花の詩画展」に行ってきた。みなさんご存じだと思うが、星野富弘さんは24歳の時、中学の体育教師としてクラブ活動を指導中に頸髄を損傷し、手足の自由を失ってしまった人。10年近い入院中に口に筆をくわえて横向きで文や絵を描き始めたのだ。絶望の淵からここに至るまでの、壮絶な戦いの日々を想像すると、言葉を失う。「ヒヤシンス」「垣根の沈丁花」「チューリップ」「しらゆり」「たんぽぽ」「つつじ」、さまざまな花の瑞々しさに心を奪われる。懸命に生きようとする草花の命に向けられた星野さんのまなざしを通して、心の癒し、生命の力強さ、生きる喜びをいただいた一日だった。

(子ども学科 橋爪千恵子)

9月 橋爪先生ブログ用  

下を向いて歩こう

  • 子ども学科
  • 2017年8月1日

少し前の出来事です。
地下道を歩いていたら何か落ちてました。

何かしら?

近寄ってみると・・・

しかも少し食べてある・・・?

!!!!!
・・・・・しかも右下・・・少し食べてある・・・・・??

皆さまにも楽しいことがたくさん落ちて(?)いますように。
楽しい夏休みをお過ごしください。

(子ども学科 丸尾真紀子)

「走る」時、両足が地面から離れるか

  • 子ども学科
  • 2017年7月26日

「走る」と「歩く」の違いは、両足が同時に地面から離れるかどうかだと言われることがあります。確かに、「走る」の意味を、「とびはねるようにして足を速く動かして前に進む」(現代新国語辞典)のように説明することが多い。しかし、私(山梨県東部出身)が使う「走る」は「両足が同時に地面から離れ」なくてもよい。「足をひきずりながら走った」と言うことができるのです。どうしてこういう食い違いが起こるのか。それは、私の語彙には「跳ぶ」があり、「呼ばれたので、跳んで来た」のように使います。「足をひきずりながら跳んで来た」とは言えない。つまり、私の「走る」(公的場面で使用)は「素早く移動する」、「跳ぶ」(日常的に使用)は「足で地面を蹴ってはねるようにして素早く移動する」(他に、「足で地面を蹴って空中にはね上がる」の意味もあります)なのです。これは、おそらく近世頃の用法を保っているもので、共通語の「走る」は「跳ぶ」の意味を奪った新しい用法だと考えられます。共通語の「跳ぶ」には「足で地面を蹴って空中にはね上がる」の意味はあるのに、「足で地面を蹴ってはねるようにして素早く移動する」という意味はないからです。

この「走る」と「跳ぶ」の意味関係は、「歩く」と「歩む」に似ています。「歩く」は「あり・行く」の複合形で(複合形であることはアクセントの特殊性から分かります)、中古の意味は〈あちこち移動する。(馬や舟で移動することもある)〉でした。「歩む」の方は、〈足を使って一歩一歩進む〉でした。現代語の「歩く」は「歩む」の意味を奪ったのです。

(子ども学科 久島茂)

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