「シェア金沢」が提示する共生の価値 | 静岡福祉大学

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「シェア金沢」が提示する共生の価値

教員ブログ

年末に「シェア金沢」を訪ねた。金沢大学にほど近い小高い丘のゆるやかな傾斜地に広がり、北欧のスキーリゾートのような佇まいがある。その日は雪が舞っていた。

シェア金沢は、厚生労働省の新たな政策理念「地域共生社会」のモデルとしても、また、中高年齢者が移住先のコミュニティで多世代と交流しながら健康でアクティブな生活を送り、医療・介護も安心して受けることができる「生涯活躍のまち」(日本版CCRC)の先駆としても、最近とくに注目を集めはじめた創造的なまちづくり事例である(政府広報ビデオ)。

この「まち」には、高齢者デイサービス、サービス付き高齢者住宅、障がい者の就労支援サービス、障がい児の入所施設がある。また、天然温泉やレストラン、地域の住民が経営する店舗、学生向けの住宅も造られた。

近所の学校の子どもたちが遊びに来たり、障がい児への声かけが住人の日課になり、厨房では障がい者が働き、地域の独居高齢者などに配る弁当を作り、配達もこなす。住人同士の交流はもちろん、地域の住民たちが楽しく集える街として、天然温泉、レストラン、ライブハウスなど、人と人との交流を楽しむ施設や機能が配置されている。

サービス付き高齢者向け住宅は32戸。石川県外からの移住者が半数を占める。木の温もりあふれる1LDKの木造住宅で、ペットも一緒に生活ができ、サロンなどの共有スペースもある。また、学生向け住宅は、金沢美大生が創作に打ち込めるようにとアトリエ付き。作家のたまごたちを応援している。こちらは1DKで、学生は月30時間以上ボランティアをすれば、低額の家賃で入居できる。

シェア金沢のキーワードは、「ごちゃまぜ」。施設や住宅はバラバラに配置されているが、それは、つながりをつくるるため。施設や住居の玄関は向かい合わせで、それぞれをつなぐ道は、譲り合わないと通れない幅。共生は暮らす人が自発的につくりだしていくものだが、ほどよい距離でのつながりを引き出す環境デザインが工夫されている。コミュニティ内にある「共同売店」は、住民が仕入れから販売までの運営を担う。だれもが主役になり、私のまち、私たちのまちをつくっているのだ。

さまざまな民間事業者もこのまちに入居。Publish Bar、ブータンショップ、料理教室、ボディケア、ウクレレ教室など個性的な店舗が点在し、自然学校、スポーツ研究所がこどもたちの活動を支え、アルパカ牧場やドッグラン施設もこの街に和らいだ雰囲気と潤いを与えている。

 このまち(コミュニティ)を運営するのは、実は社会福祉法人である。
 戦後に戦災孤児をお寺の境内で養い、児童養護施設の運営をスタートさせた社会福祉法人「佛子園」。

 その後、県からの要請で知的障がいを持つ子どもたちの施設を運営。さらに施設の子どもたちが卒園しても行き場がないことから、今度は、成人の障がい者施設としての機能を追加する。成人には当然 「仕事」が必要。就労支援を行うが就労につながるビジネス自体も一緒に広げていくことになる。そして、利用者にはさまざまな人とふれあって社会性を培ってもらいたい。障がい者だけが生活する、シェルターになってはいけない。コロニーではいけない。敷地内に住宅をつくり、自然なコミュニティをつくろう。そんな「福祉を『特別』なものから『日常』のものに変える」取り組みを石川県内のいくつかの地域で実践してきた。

 また、佛子園は、能登半島に「日本海倶楽部」という就労支援事業も展開している。日本海の入江を望む能登内浦の高台にある、地ビール工房やレストラン、牧場などからなるリゾートエリアで、チェコ(プラハ)から来た醸造の専門家を招いて地ビールの醸造に挑戦、大成功をおさめ、過疎の地域に新たな賑わいを創り出している。

 
 正直、社会福祉法人がここまでできるのか、と驚いた。近年、社会福祉法人の地域貢献が社会福祉法にも規定されるようになった。地域社会のニーズを受けとめ、その福祉専門機能を地域に還元していくことが期待されるが、佛子園の試みは、そこにとどまらず、地域経済の一翼を担い、その活性化の一助となり、地方創生のエンジンになろうとしている。 歴史的には、社会福祉法人は、福祉の利用者の保護と目的として、福祉施設の中で閉鎖的なコロニーを形成してきたといえるが、シェア金沢は「開放系コロニー」であり、その理念は、社会的包摂(インクルージョン)である。

 社会福祉法人は、利用者のためだけでなく、利用者をさらにユニバーサルに地域住民に拡大し、地域社会にとって「共生」の新しい付加価値を提示し、それが豊かなライフスタイルになることを提起しているといえる。

 こうして、私たちは、いま、福祉が新たな価値を提示する時代を生きている。その大きな可能性を開花させうるのは、大学で福祉の理念にふれ、地域社会の経験をとおして学び、人生の豊かさを感じとることができる学生たちであり、彼(彼女)たちが社会に出て働くときに違いない。豊かな幸福感を感じとることができる学生たちとともに、福祉の未来の理想と希望とを一緒に創り出していけたらと思う。

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(健康福祉学科 西尾敦史)

 『横浜発 助けあいの心がつむぐまちづくり 地域福祉を拓いてきた5人の女性の物語
(横浜市社会福祉協議会企画監修、西尾敦史著、2017年10月発行,ミネルヴァ書房,1,800円+税)

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