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国際化はまず自国の理解から

教員ブログ

今年から、静岡福祉大学では国際交流委員会が再開するようになりました。これに伴って、私の頭に浮かんだのが、17年前に「国際化」についてある雑誌に寄稿したことを思い出しました。それをここで紹介しようと思います。

<国際化はまず自国の理解から>

韓国の大学院を終えて、研究員として日本に初めて訪ねた場所が長崎県社会福祉協議会でした。その後、東京で博士課程を修了し、長崎ウエスレヤン大学で社会福祉を教えています。

日本に来たのが昨日のように思えるほど、「あっ」という間に13年の月日が過ぎました。振り返ってみると、この間多くの変遷がありました。国家的には、日本は元号が昭和から平成に変わり、韓国は文民政治の時代になりました。自分の専攻領域では、公的介護保険が実施されるようになり、個人的には、習う立場から教える立場に立ってしまいました。 

このような変化の中で何と言っても一番大きな変化は、「自分が長崎人あるいは九州人になりつつあるということでしょう」と言うのは、例えば、甲子園での高校野球中継を見る時、まず長崎の野球チームを応援します。もし、この長崎チームが負けてしまったら、次は九州のどこかの県に所属する野球チームを応援するようになったのです。

最近、「国際化」という言葉をよく耳にします。この「国際化」に乗り遅れるとどうなってしまうのかという危機感さえ多くの人が感じる時代になっていると思います。距離的に、長崎は韓国の釜山に近く、長崎県の対馬から釜山まではわずか50kmの近さで、まさに目の前に見える距離にあると言えるでしょう。食べ物を例にとってみても、焼き肉やキムチは日本でも見慣れた食べ物になりました。このような状況の中で、「国際化」は何を意味するかという事をもう一度考えなければならないと思うのです。

 「国際化」というのは、よく外国旅行をし、外国の食べ物を食べ、外国語は話せることだけを意味するのではありません。もちろん、こういうことも重要なのですが、私の経験から、もっと大切なことがあるようにと思えるのです。私が初めて日本に来た時、長崎には外国人がそれ程多くはありませんでした。そのためか会う人ごとに私が韓国に関する全てのことを知っているかのような質問をよく受けたのです。その度に、韓国に関する知識があまりにもない自分自身に驚きました。そこで日本に対する理解より、むしろ自分の国に対する理解の方が重要であることに気付いたのです。国際化というのは自分自身や自分の国に対する理解、すなわち「アイデンティティ」を持つこと、そして相手が心の扉を開けることを求める前に、まず自分の心の扉を開けようとする姿勢が大切だと思うのです。

(医療福祉学科 張昌鎬)

成東障害人福祉館静岡研修

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E-LAND福祉財団静岡福祉大学訪問

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