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短期記憶とワーキングメモリー、エピソード記憶と意味記憶

教員ブログ

心理学では、記憶はいくつかに区分(分類)されています。高齢者もこの区分された記憶ごとに検討が行われています。ここでは代表的な記憶の区分について、加齢の影響による高齢者の記憶を概説します。

1)短期記憶と作動記憶(ワーキングメモリ)

 古典的な記憶モデルとして短期記憶と長期記憶という2つの異なる記憶システムが挙げられます。このモデルでは、数秒から数分の短い時間の短期記憶、および短期記憶以上の長い時間の長期記憶が仮定されています。また、このモデルの特徴として、短期記憶の情報は、音韻的な繰り返しというリハーサルを行うことによって、長期記憶に転送されることを仮定していることが挙げられます。日常例では、「江戸幕府が開かれたのは1603年である。」を覚える際、「1603」という情報を何度も復唱、すなわちリハーサルすることによって、長期記憶に転送されることが挙げられます。

 初期の短期記憶の実験では、自由再生課題、記憶スパン、ブラウン・ピーターソン課題、記憶探索課題などが用いられました。しかし、高齢者に対して測定を行った初期の結果はあいまいでした。その後、短期記憶に関する検討の結果、加齢の影響はごくわずかであるという報告が数多く行われました。その結果、短期記憶は、数秒から数分の記憶であるが、加齢の影響は小さく、あったとしてもわずかであると捉えられています。

 最近では、短期記憶よりむしろ作動記憶のモデルを用いた検討のほうがより多く行われています。作動記憶では、短期記憶に加えて、さまざまな認知的な処理過程を仮定しています。つまり、短い時間、あることを記憶に留めておくという短期記憶を行うと同時に、こころ(頭)のなかで認知的な作業も行うことも仮定されています。日常例では、「128+256」といった暗算を行う場合、2個の数を記憶に留めておく(短期記憶)と同時に、加算や繰り上がりをすること(認知的な作業)です。

 作動記憶に関してはN-Back課題、リーディングスパンなどの課題を用いた実験が行われました。ここでは一貫して加齢の影響が顕著であることが報告されています。したがって、作動記憶では加齢の影響が顕著であると言えます。

2)エピソード記憶と意味記憶

 短期記憶から転送された記憶は、長期記憶と呼ばれます。日常例では、毎朝通勤や通学することによって電車やバスの時刻を覚えてしまう場合があります。これは時刻が短期記憶から長期記憶へ転送されたと考えられます。

 長期記憶に関して、タルヴィングは記憶の質的な面にもっと目を向け、少なくとも2つの側面に分ける必要があると指摘し、エピソード記憶と意味記憶の区分を提唱しました。

 エピソード記憶とは、個人にまつわる叙事的な記憶です。タルヴィングは「個人的な出来事や経験を記憶したり思い出したりする場合の記憶である」と述べています。日常例では「昨日来ていた服は何であったか」、「昨夜の夕食が何であったか」などです。

 エピソード記憶に対して、意味記憶とは誰でもが知っている知識に関する記憶です。タルヴィングは「世界に関する知識の記憶である」と述べています。日常例では、「消防自動車の色は赤である」とか、「日本の首都は東京である」などです。

 この記憶区分によって記憶研究の流れが大きく変革したのは、心理学史上歴然たる事実と言えます。つまり、タルヴィングの記憶区分の提唱以降、その当時認知心理学者が採用していた記憶モデルの捉え方が一変したのです。たとえば、短期記憶と長期記憶では、符号化される過程がいわば時間的に説明されていました。しかし、彼の影響によって、記憶の質的な面を重視した記憶区分の研究に大きく方向転換したのです。そして、数多くの記憶区分のモデルが提唱されるようになり、現在に至っています。

 さて、エピソード記憶は、単語の再生や再認によって測定されます。数字や単語を題材としたり、課題の難易度を変えるなどのさまざまな条件を用い、再生と再認について多くの実験が行われました。その結果の大半は、若年者よりも高齢者の方が劣っていました。さらに、再認の成績よりも自由再生や手がかり再生などの再生の方が成績が劣っていることも明らかになりました。

 意味記憶は、命名課題や語い決定課題などで測定されます。命名(呼称)課題とは提示される単語や絵を声に出して口頭で言うことです。たとえば、机やりんごなどの線画を見て、即座に「机」、「りんご」と声に出して言うことです。また、語い決定課題では「かんごし」「かんごへ」などの綴りをみて、単語であるか、単語でないかを即座に判断する必要があります。どちらの課題でも単語や絵が提示されてから実験参加者の反応までの時間、つまり、単語や絵を認知するまでの反応時間が測定されます。時間が短かければ短いほど、容易に記憶から思い出すことができます。加齢に関しては、実験参加者に若年者と高齢者の2群を用い、命名課題や語い決定課題を測定した結果では、両群に差がみられないという報告がほとんどす。  

3)最後に

 以上述べてきたように、心理学において、記憶は単一のものではなく、さまざまな側面から捉えられています。そして、加齢に関して、記憶のいくつかの側面は、残念ながら、加齢の影響によって低下することが明らかになってきています。

 今後は加齢の有無ではなく、低下の量的な程度を明らかにしていく必要があると考えます。たとえば、単語による手がかり再生というエピソード記憶の課題を用いた場合、60歳、70歳、80歳、90歳の加齢の影響による記憶成績の低下の度合いを年齢別に詳細に明らかにするなどです。

 最後に、今後も加齢が及ぼす高齢者の記憶を解明していく必要がありますが、それと同時に、記憶低下を予防したり、補助する有効な手立てを提言するのも心理学者に課せられた重大な責務であると考えます。

福祉心理学科 石原 治