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赤いスイートピー ~ 松本隆の歌の世界

教員ブログ

今、「赤いスイートピー」を聞いている。1982年の大ヒット、松田聖子の8枚目のシングルだ。
作詞は松本隆、作曲は呉田軽穂、聞きなれない名前かもしれないが、ユーミンのことである。

松本隆の歌詞によく出てくるワードに「色」「風」「心」がある。赤いスイートピーにはこの内二つが登場している。
春色の汽車ってどんな汽車なんだ?と質問してはいけない。赤いスイートピーも実在せず、心の岸辺に咲いた心象風景なのだから。

Septemberの「辛子色のシャツ」が、また「映画色の街」(瞳はダイヤモンド)が別れを予感させるように、「瑠璃色の地球」が、傷つきやすい、たった一つだけのかけがえのない存在を表しているように、淡いけれど、しかし確かな、驚くほど強い恋する気持ちが「春色」に表象されているのだろう。

大瀧詠一のミリオンセラー「A Long Vacation」の「君は天然色」は、南のリゾート地のBGMのように聞き流してしまうかもしれないが、実はこの歌は、松本隆が妹を亡くした(病院で看取った)後の街が色を失ったモノクロームのように見えた経験から生まれている。「思い出はモノクローム 色を点けてくれ」という祈りにも似た気持ちがそこには込められている。

松本隆の詞は心象スケッチだが、書かれた詩と違うのは、それは歌われて、そして聴かれてはじめて成立するメッセージであるということだ。松本隆は「歌の詞は本質的に恋の歌、ラブソングであって、歌い手が「私」で、聴き手が「あなた」、その間に意志、感情の伝達がなされてはじめて恋の歌が成立する」(「エッセイ集微熱少年」)と言っている。

そして彼の詞は、その言葉たちは、「厳密に言えば、ぼくの手によって書かれてはいるが、ぼくの詞ではない」という。流行歌に託した詞は、「いくつかの種が種のまま枯れていったし、ささやかな花をつけたものもあるのだが、その花はぼくの胸を飾るわけではない。あくまでヒーローヒロインたちの胸をほのかに明るくする」のだ。

歌というのはこうして成立しているのだとすると、詞の言葉たちというのは、心の通い合いの「媒介」であって、松田聖子にしても、薬師丸ひろ子にしても、斉藤由貴にしても、松本隆の詞を歌で表現することで、その恋の歌の世界を生きることによって女性として、また人間的な成長を遂げたのではないか、その時代に立ち会ってきた大衆として、同時代をもがき、悩み苦しんだり、喜んだりした一人として、ぼくは生きてきたのだと思えるのだ。

一つ反省があるとすれば、書き言葉としての教育には十分その努力を傾注してきたかもしれないが、歌い手と聞き手の双方の交感、あるいは交歓によってはじめて成立する相互に成長する学びの場を大学に創り出してきたかどうかという自問である。

公開講座「松本隆の歌の世界」は、2月7日(水)午後1時30分、101教室、平成の最終講義として、数あるヒット曲の中から10曲ほどをセレクトしてその歌の世界を、時代背景とともに解説しつつ、参加者のみなさんと再体験したいと思っています。彼の歌詞の世界に関心をもつ方、単に歌が好きだという方、「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」。

(健康福祉学科 西尾敦史)

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